しぃ庵*わたしの染筆

生きゆく部録が花ならば、したたかに香るのみ

帰省記*2022~花に言葉に感化~






29年目の命日は
29年目にして初めて
ぴったり命日と
桜の満開と
雲ひとつ無い快晴

ラクなんつったら
大げさかしら

でもなんか
魂を揺さぶられる感化を受けたものでございます 



実に29年かと
長い間もったいぶらせやがって、ニコニコ笑ってるであろう兄を
何となく想像して
満快に満面に笑う日となり



母のセンスよ(´-﹏-`;)❁



お母さん、五十肩になったことないからわかんなぁい

ってなことを

平気で言ってのける母は
墓石にかけるべく清水のほとんどを自分の足にかけてしまっていて
もはやその空間認識や感度を気にする域を越えてもなお
口は達者だし、よく食べるし、よく寝るし、

毎日かかさずAMとPMに2回電話で話はしていますが
まぁ良くも悪くも(微笑)
実際に会うからこそ感じとれるものがやっぱあるし

まぁ
良くも悪くもデス



明治橋(※)からの北上川



おー
偶然にもトンビが画角に入りました美しい♪

うん、母には
母としてのとらえ方や思い出し方があるもので
それ墓前で聞いてたら
「しぃ、そういえばさっき“タナレナ”って言ってたけど何それ英語なの?」
って

あぁたられば

車があったら
兄が生きてれば
言っても仕方ないけど、言うのが悪いことばかりじゃないと思うな
言って
前に進めるならいいじゃん

の、『たられば』

それから母、たられば
使いまくる使いまくる(笑)
良いことだと思います
それこそ彼女にとって初めて受けた感化でもありましょう
 
妹のあたしは
笑ってる兄だけじゃなく泣いてる兄の姿が思い出され
むしろそっち多めな感じで
身内や友達の前ではフワフワ優しい人でしたから
妹の前でだけ見せた涙

残した言葉

あとは
くわえタバコでギターをチューニングしてる兄も大好きでした
学校さぼって先生が家まで来てコントみたくスリッパで叩かれてる兄も
らしかったなぁ

兄らしさを
誰よりも近く深くとらえている存在だったと自覚しているし
短かったけど
いっぱい一緒にいたから
いっぱい思い出すのです

いつまでも悲しくて
いつまでも悔しい
だがしかしそれもひっくるめてちゃんと偲(しの)ぶ事が
あたしのような者には必要なんだとずっと課してきていたようで





それがいつしか
課す意識を持たずとも自然と心から沸く自分になっていて
墓石のすみに
ポコッとある苔(こけ)をあえて取らずに
育てて29年目
兄よ
この苔があなたの享年を
越えてしまったよ

もうなのか
まだなのか
やっとなのか
なんだかどの言葉も当てはまらなくていまだに迷ってるあたしは
更年期障害という峠を勇猛果敢にのぼるまでに年を重ねて
生きています





桜は翌日に
『たられば』不要
次に向かうか向かわないか悩むすべもなく
一気に
見事なまでに
次に向えと散りました







(.❛ ᴗ ❛.)….。* つづく🪄





ジモティしぃ豆知識✢

(※)明治橋って?
www.cafe-dragoon.net

  











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